【第20夜】
横須賀の最も長い夜
<PROLOGUE>
世界の異変、そして諸勢力の思惑
さて…今回の本編『MASTERS』は、裏界のとある宮殿から物語を始めよう。
その「謁見の間」では、軍服を着こなした短髪の麗人が、
まるで柱のごとく聳え立つ6柱の巨大な影に向かって、何事かを語らっていた。
「この度はボクの計画遂行を後押ししていただき、感謝のきわみです。裏界6魔将の皆様方」
『詐術長官』カミーユ=カイムンは恭しく頭を下げつつ、内心でほくそ笑んでいた。
彼女の目の前にいるのは、かつて『裏界皇帝』シャイマールの直属として、
裏界魔王達の間でも格段に恐れられた、6柱の大魔王達。
シャイマールが引退すると同時に表舞台を退いた彼らではあるが、
その影響力は現在の裏界最高実力者、
『金色の魔王』ルイ=サイファーですら無視できない程のものである。
現にその存在力は、ただそこにあるだけで、目前のカミーユを押し潰せるだけのものであった。
『蝿の女王』ベール=ゼファーは先年の横須賀での大敗に加え、
秋葉原での度重なる企みの失敗で、すっかり権威を失墜している。
最もおそるべき相手…『混成魔王』マンモンもまた、
ここ最近の戦いに連敗している事、アルヴァス=トゥールによる信奉者狩りによって
活動基盤とするアメリカ社会での立場が苦しくなってきていると見受けられた。
「この計画の成功で…『横須賀』は確実に手に入ります。さすれば『秋葉原』を抑えるもた易き事」
今回、カミーユには勝算があった…数多くの魔王やエミュレイターによる、
『横須賀への攻撃』は、着実にカミーユ自身が知識を得る役に立っていた。
確かに、横須賀のウィザードは強大ではある…しかし、着実に弱点を捉えれば倒せない相手ではない。
懸念要素はいくつか存在するが、最終的な結果を考えればそれすら問題ではなかった。
裏界陣営唯一の障害は、嫉妬深きルイ=サイファーによる妨害行為のみ。
だから、そのリスクを最低限に抑えるべく、裏界きっての実力者達を利用する事としたのだ。
「のみならず…『かの世界』すべてを意のままとする事もまた、可能となりましょう」
目論見は図に当たり、ルイ=サイファーは裏界6魔将の言を容れざるを得なかった。
『横須賀』に『臥龍』が存在する事は、彼らにとっては既知の事実。
現に、世界結界がこれまでになく安定しつつある今、特異点となるかの地を得る事は、
かの世界の入手を意図する裏界帝国全体の益になる事であった。
更に、その特異点の力を得る事さえ出来るなら…ルイ=サイファーを筆頭に、
いまだ『秋葉原』に拘泥する他の魔王たちを出し抜き、裏界の頂点に達する事すら不可能ではない。
「まずは、これからのひと時。その一部始終をご照覧あれ」
カミーユ=カイムンは、再び恭しく頭を下げた。
…無論彼女は、目の前の大いなる魔王たちにはこの野心を明かしていない。
それを口にすれば、彼らは間違いなく、躊躇なく、問題なくカミーユを粛清するであろうから。
◆ ◆ ◆
「オファニム…ショウタイムっ!!」
東京郊外。紅月の下で、ひとりの少女がクリーチャーの大群と対峙していた。
身に纏う輝明学園の制服は、グラマラスで活動的なその身体をより強調するかのようだ。
その両腕に装着された2枚1組の六角板は、巧みな軌道でクリーチャーどもを次々となぎ払っていく。
少女の名は「厳神 つかさ」…吉祥寺校所属・高等部2年生。
先に開催された学園全校対抗武道会「ガリュティメット」の優勝者であり、
かつて北横浜ウィザードユニオンを混乱に陥れた『裏切りの転生者事件』を解決した立役者の1人である。
そして、かの六角板こそ彼女の攻防一体の武器『オファニム』…魔王すらも打ち倒す神器である。
「どーしたどーしたっ、そんなもんかぁ?ったく手応えないぞ、キミら!」
何度目かの突撃で、クリーチャーたちは明らかにその数を減らしていた。
一方、つかさの側には傷ひとつない…勝利を確信したつかさは、ルーラーに向けて『オファニム』を撃ち出した。
だが、その時…異変が起きた。ルーラーを両断するはずの『オファニム』が、虚しく地面に落ちたのだ。
敵に弾き返された訳でもなければ、何者かが介入した訳でもない。
「なに…っ!?」
それは…ウィザード達の間で最近流れはじめた噂。つかさ自身も、僚友から聞いていないでもなかった話。
「力の消失」
つかさは知らなかったが、この異変によって、歴戦の夢使い『ナイトメア』も、
影のローマ聖王グィード=ボルジアも先日の戦いで敗れていたのである。
それが今、つかさをして『オファニム』のコントロールを失わせたのだ。
そしてその一瞬、致命的な隙が出来た…ルーラーは口から無数の鎖を吐き出し、
つかさの四肢を、更には全身をきつく拘束してしまう。
「くっ…しまった…ッ」
今のつかさは、もはや無力な少女でしかない。
その後頭部に加えられた一撃が、彼女の意識を闇に落とす…。
◆ ◆ ◆
「おこまりですかぁ…?」
再開発地区に輝く紅月の下、眼鏡をかけた少女は、
目の前で泣いている2人連れの女の子に声をかけていた。
少女の名は「中里 愛美」、臥龍学園高等部3年生。読書が趣味の小柄で地味な生徒である。
だが、今の彼女は…白いスクール水着を基本とした「コスチューム」を纏い、
人助けを旨とする魔法少女「パステルエンジェル☆アユミリーア」である。
(もちろん、これは対外的には「秘密」…のはず)
場所は、学園街区と再開発地区の境目辺り。愛美にとっては通学路だ。
そして、彼女は今、クリーチャーに襲われていた女の子達を助け出したところである。
「あのね」「あのね」「おねーちゃん聞いてくれる?」「おねーちゃん聞いてくれる?」
「はぁい、わたしでよかったら♪」愛美はにこにこと微笑みながら、女の子達に答える。
彼女達の目線にあわせてしゃがみ込む、白スク水の眼鏡っ娘。女の子達の表情が、ぱあっと明るくなる。
「あのね」「あのね」…だが次の瞬間、女の子達は愛美を押し倒す。
不意を突かれて転倒した愛美…その首に「何か」が嵌められる…!
「な、なにを〜…!?」ぞくり、と背中に痺れる様な感覚。
目の前の女の子達はただにっこりと笑いながら、愛美の鳩尾に拳をめり込ませていた。
愛美の意識が、闇に落ちた。
◆ ◆ ◆
同じ頃…大西洋上を航行するコンテナ船『崑崙211』では。
「待ってたわよ、プロフェッサー=コス」
妙齢の美女…女優・メリッサ=カーライル。その正体は『混成魔王』マンモン。
彼女はそのネットワークを使って、
ロックラン事件の混乱に揺れるアメリカから2隻のコンテナ船を購入した。
うち1隻…『崑崙210』は、露木椎果をはじめとするアイドルたちによって海の藻屑と消えたが、
なお1隻は、こうして大西洋上に健在であった。
「…歩く時にも苦痛を感じない。若さとは良いものだ」
若返った少年の姿で、コスは独言しつつ笑う。マイアミの研究所に残した数百万のサンプルが、
天緒真白によって灰燼に帰せしめられた事は惜しいが、
土壇場で自らの研究が成功した事は、彼にとっては大きな喜びであった。
「…その顔、どこかで見た事があるわね」
「ああ。私が保有する最強のウィザードの遺伝子を使ったからな。
もっとも、性別差を始めとして調整は必要だったが…ところで、210は沈められたそうだな」
「ええ…おかげで有望な力を取り込みそこなったわ。
AngelicVoiceにさまよえる女神の力、そして時空移動…」
「…それでもまだ、南条を使うかね」
「ええ。あんなのでもまだ、利用価値はあるもの…」
メリッサ=マンモンが視線をやったモニター画面では、
身柄を拘束された南条隆一が、虚ろな笑みを浮かべながら部屋の隅に座り込んでいた。
「…面白い手を考え付いたわ」
混成魔王は、底冷えのする笑顔で笑った。
◆ ◆ ◆
「今回は盟友…霊魔空軍の、バロン=シュワルツとの共同作戦だ。
霊魔空軍が空中から、そして我らが海上から東京湾に侵入し、拠点を制圧する。
以上が、横須賀突入『パルジファル』作戦の要綱である。何か質問は?」
太平洋の海中を進む、新帝国の紋章を付けた黒い潜水空母…
そのブリッジでは、新帝国総統・ボルマンが、
DS戦団の生き残り2名…1号・天駆、5号・渾へと命令を下していた。
「今度こそコロセるんだろうな…」「…ああ。俺たちの仲間の復讐だ」
「何をぶつぶつ言っている?到着しだい作戦開始だぞ」
「…ja!」「…ja!」
格納庫には、フォモール型を改装した装甲騎士が数多く搭載されている。
彼らもまたDS戦団と共に、横須賀を制圧すべく出撃するもの達であった…。
◆ ◆ ◆
「…フレーム修復完了…発進する」
その直後、数ヶ月の沈黙を破り、バルト海から大型箒が飛び立った…『ニーズホッグ』である。
その艦内には当然、インフィナイト00そして『ディー』がいた。
「打倒マリキュレイター」の点で利害が一致する両者が、手を組まない理由はなかったのだ。
そのまま艦はロシア上空を、東へ向けて進み続ける…と、その甲板に降り立つものがいた。
紫色の法衣を纏い、髪と髭をいっぱいに伸ばした男…『修道士』。
「・・・・・・・・・・」「安心しろ、敵ではない・・・盟友だ」
かくして、道連れは3人になった。
◆ ◆ ◆
「…この度は『デスペラード』の供与、お疲れ様でした」
『世界の守護者』アンゼロットは、モニターの向こうにいる男…ドクトル=エルツフェルズに言った。
「いいえ…これで『ディー=アームズ』までの件は不問に付していただけますね?」
「ええ、構いません。これで世界は守られる事でしょう」
アンゼロットは手元のレポートを置き、紅茶を一口啜った。
「しかし、『デスペラード』はなかなかの難物です。
先年の『ジュネル=コーネス』の比ではないでしょう…使いこなせる者がいますかどうか」
「それについてはご心配なく。既に手は打ってあります」
「なるほど、流石はアンゼロット殿…では、こちらは続報をお待ちしていますよ」
通信を切って、ドクトルは独言する。
「(さて…ここからが正念場ですかね)」
さて一方、アンゼロットの脇では…ソファに座った名塚 歌流名が暇そうにしていた。
「……でぇ、私は何をすればいいのかしらぁ?」
「……実際、もうそれほど時間は残されていません…
『D=セイヴァー』の最終調整が終わり次第、出ていただきます」
「あー…とうとうやっちゃうんだぁ…?」
「……『ツングースカの少女』は、本来この世界にあってはならないもの。
断固として抹消されなければなりません…たとえ、人々がその存在を望んでいたにしても」
「でもぉ、相手はおおかた、あのベルちゃんを撃退した『横須賀のウィザード達』でしょ?
見た感じ、ちょっと分が悪いわよぉ〜」
「サポートにつくのは、あなたひとりではありませんわ…」
そこには、輝明学園の制服を纏った少女ウィザード達が控えていた。
「なるほどぉ。ヴァルキリーズ…ねぇ〜」
「そして…横須賀には、横須賀のウィザード。……そうですわね、『霧澤 可憐』…?」
そこにいたのは…かつてウィザード達と行動を共にした勇者・霧澤 可憐だった。
本編第12夜『秋葉原事件』を最後に決別して以来、
「ガーディアンズ=グレイル」に入った彼女は、アンゼロットの下で更なる修練を重ねた末、
今では『ロンギヌス』のサポートメンバーに選ばれていたのだった。
「…はい。すべてお任せ下さい、アンゼロット様…」
そして、城の特殊調整槽で眠り続ける『ロンギヌスの戦士・D=セイヴァー』…
『世界最大の敵・ツングースカの少女』を確実に抹殺するべく、それは今しばしの時を待つ。
◆ ◆ ◆
そらの「にんげん」としての覚醒…それを望まぬものたち。過去の恐怖を知る者たち。
世界に起こり始めた「混乱」を契機に動き出すものたち。
それらとは関係なく、世界を手にするために動き出したものたち。
そらと同じ『ツングースカの少女』の力と、相反する志を持つものたち。
今、横須賀の地で、事件は始まろうとしている。
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