【第31夜】
野望・絶望・そして希望

<PART−29+>



マユリ、覚醒



その時、“あたし”には何が起きたのか、一瞬理解できませんでした。

蛍光灯の燈る、薄暗い室内。ひんやりとした、埃臭い空気。

単調に繰り返される、何かの機械音。

そして……それよりもずっと微かな“あたし”自身の呼吸と、心臓の音。

そういった、様々なものの事を……

その時になるまで、“あたし”はすっかり忘れていたんです。


……単調で、ただただ悔しかったあの日々が。

大好きだった魔法の力ばかりか、人間としての尊厳も、

それどころか身体さえも奪われて、

【GA−M180】とかいう、冷たい金属の函の中に入れられてからの毎日が。

たったひとつの希望……マーリン先生の“最後の計画”の成功だけを願って、

新帝国の兵士や物資を“生産”させられ続けた時が、ようやく終わったというのに……。


“あたし”のそんなカラッポな状況を、文字通り吹き飛ばしてくれたもの。

――それは、たったひとつのクシャミでした。

ずっと忘れていたその“鼻から喉にくる”感覚が、“あたし”を現実に引き戻します。

ぼんやりとした灰色の景色は、最初に“あたし”がここに閉じ込められた時と、

あんまり変わってない様でした。


喉の奥から、何かがこみ上げてきます。

あまりに久しぶり過ぎて、抑える事の出来ないそれは……“感情の迸り”でした。

そう、その時“あたし”は、ちっちゃな子供みたいに泣きじゃくっていたんです。

“あたし”はもうプラントではなくて、もっと前の……元の“人間の身体”に戻れたんだ、と。

それは、とてもとても嬉しい事だったんです。


冷静に考えれば、WF3−P008X――マーリン先生と“あたし”が希望を託した自動兵――が、

たぶんその目的を果たしてくれたんだろう、と思います。

そして、きっとここだけではなく世界中で、同じような事が起きてるのでしょう。

“あたし”と同じように、生きたままプラントへと改造されたウィザード達が、

こうして元の“人間の身体”を取り戻していってるのかな?と。


ところで。

ひとしきり泣いて、それから落ち着いて、やっと気付いた事があります。

……めがね、どこでしょう?


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