【第34夜】
覇界大侵攻

<PROLOGUE>



主八界全滅!敵は冥魔王ディガイディスだった!



無限平行世界の中に、特に“主八界”と呼ばれる世界がある。
物語の発端はそのひとつ、「第三世界」と呼ばれるエル=ネイシア。
かつて「世界の守護者」と呼ばれていた少女は、本来の故郷たるこの世界で、
その本来の役割たる「月女王」として、世界秩序の回復にあたっていた。


「とりあえず、最悪の事態は脱しましたか……」

彼女達が「第八世界」と呼ぶ我らが世界、ファー=ジ=アース。
その守護の任を長らく拝命していた彼女が、
かの「宝玉戦争」での失態によって事実上更迭されてから、はや数年の歳月が流れている。


「……それは解ったから、いい加減俺を家に帰してくれないか?」

今アンゼロットの背後に立っているのは、大剣を背負った長身の青年。
彼こそ誰あろう、幾多もの戦いを経て大きく成長した、柊 蓮司その人であった。

「あら柊さん。もう動けるようになったのですね」
「ああ。エンダースさんとの戦いの傷もあらかた癒えた事だし、そろそろくれはの顔が見たくてな」

柊が言っているのは、つい先日まで彼が戦っていた「第二次古代神戦争」、
その最終局面で一騎打ちを演じた冥魔王の事である。
この時まで既に長い事、彼は故郷たる世界に帰っていない。

「そうですねぇ。個人的には、まだまだ手伝っていただきたい事がたくさんあるのですが……」
「おいおい。あれだけ“そっち”の事情に付き合わせといて、まだ引っ張り回す気なのかアンゼロット?」
抗議半分、諦め半分といった苦笑を浮かべて柊が言い返す。
とはいえ、その語気には昔ほどの憤りの色はない。
長き戦いの日々を経て、柊は柊なりに彼女の置かれた立場を慮れるようになっていたのだった。
……だが、まさにその時である!


『マスター、X25Y5Z0の方角、距離5万。無数の敵性反応です』「なにっ…!!」
柊の腕時計から発された、別の少女の声。
それは、彼が世界間移動に使用していた超弩級時空戦艦「レーヴァテイン」の
制御ユニットにして艦載機・ヴィオレットの声であった。

「ありえねぇ……主八界での事件は、俺たちであらかた始末付けたんじゃなかったのか!」
それらは、柊にとって未知の……しかし、纏う気配にはどこかしら覚えがないものでもない。
しかし、驚くべきはその、天をも覆わんばかりの圧倒的な数にあった。

アンゼロットの対応は、かつてと同様迅速かつ果断なものだった。
彼女直属の聖地姫セント★ガイア率いるエターナル★プリンセス達が、
これらの侵入者を即座に迎撃する。
……だが、彼我の戦力と数には、あまりに開きがあり過ぎた。

エターナル★プリンセス達の護りを突破して、宮殿に降り立ったものたちがいる。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……5つ。その先頭に立った1人が、口を開く。


「ここが“セント★プリンセスの世界”か……」
この時点でのアンゼロットは、知る由もない。
この存在こそ、かつて現れたどの冥魔王よりも恐るべき相手である……という事を。

「何者です!」「通りすがりの冥魔王だ。覚えておけ」「冥魔王…だと!?」
紫の甲冑を纏った冥魔王……ディガイディスは、アンゼロットにそう言い放つ。
そう。柊はもとよりアンゼロットすらも、この新たな冥魔王の事を何ひとつ知らないのだった。

「月女王様、ここは我らにお任せを!」「冥魔王、覚悟!!」
かろうじて追い縋ったエターナル★プリンセス達が、
主たるアンゼロットを守らんと、冥魔王達の前に立ち塞がる。

さあ、戦いだ!!

だが次の数瞬の間、柊もアンゼロットも、そこに信じがたいものを見る事になる。
数の上では優位だったエターナル★プリンセス達の攻撃を、ディガイディス一党は避けもしない。
それどころか、いくら攻撃してもこの冥魔王たちは、まったくダメージを受けていないのだ。
あろう事か、逆にエターナル★プリンセス達の方が一撃で吹き飛ばされる始末である。

「うわー!」「やられたー!」「もうだめだー!」
「雑魚がいくら集まろうが、このオレは倒せない」

「……コイツはヤバい感じがするぞ……クルムクドゥやエンダースさんの時よりも、ずっとな……だが!!」
「柊さん……!」

アンゼロットの叫びもあらばこそ。柊は、背負った魔剣“ワイヴァーン改”に手を掛ける。
今までの間に幾多もの敵を打ち倒した、歴戦の相棒。
あの宝玉戦争の折に一度折れた事があるとはいえ、
箒に組み込まれて見事に修復されたその姿は、
その威も含め、往年に比べて聊かも劣るものではない。
しかしながら、そんな彼に向けられたアンゼロットの、次の言葉は……

「……柊さん。ここは私に任せて、あなたはお逃げなさい」
「はぁ?今さら何を言うんだ!この俺がこんな状況を、ほっとくとでも思うのか?」
当然、柊は困惑する。今までアンゼロットがこのような事を言った記憶など、なかったから。

「だからこそ、お聞きなさい」
なおも絶望的な抵抗を続けるエターナル★プリンセス達の戦いから目を離す事なく、
第三世界の守護者はつとめて淡々と、魔剣使いに語った。

「もうお気づきだとは思いますが、あれは冥魔王……それも、どうやら“主八界の理が通じない相手”。
個人的には認めたくもありませんが、もはや“彼ら”の力を借りる以外、方法はなさそうです」

「……“彼ら”?……あいつらか!」
柊には覚えがあった。アンゼロットがこういう物言いをする唯一の相手……
……かつて彼女が殊更恐れ、一度ならず排斥を画策すらし、
そしてその果てに見舞われた“世界未曾有の危機”に瀕して、
最終的にはその力に頼らざるを得なかった者達。

「ええ。今ここで彼らに面識があるのは、あなただけですからね。
行ってください柊さん。もう時間がありません」

アンゼロットの言は正しい。既にエターナル★プリンセスたちの殆どは圧倒的な敵の前に力尽き、
最強の聖地姫セント★ガイアすら、今しがた打ち倒されたばかりであった。

「仕方ないか……解った。必ず助けに戻るからな……ヴィオレット!」
『イエッサー。目的地ファー=ジ=アース、アンゼロット城。抜錨、レーヴァテイン緊急発進します』

ヴィオレットの声を受けて、宮殿から浮上するレーヴァテイン。
その甲板に柊が飛び乗った直後、巨艦は急速にその場を離れていく。

「助けなど呼ばせん……お前ら、アレを潰しとけ」
宮殿に降り立った影たちのうち2つが頷き、レーヴァテインの後を追う。
それを見届ける事もなく冥魔王は、もはや孤立無援になったアンゼロットと対峙した。

「……さあ、トドメだ“OVER-WEAPON/HYPER-SLASH”
異質な力を纏う冥魔王の剣と、無限力に等しい守護者の防壁。
しかしながら、競り勝ったのは……この世界の理を超える、冥魔王の力だった。

「この、力……やはり、あなたは……っ」

冥魔王の一撃を受けたアンゼロットから「色」が消え、そして時間が止まったかのようにその場で硬直する。
それは、既に倒された他のエターナル★プリンセス達と、
そしてこのエル=ネイシアという世界が辿る事になるのと、同様の運命だった。

そしてその運命は、周辺の世界にも降り懸かる。
ラスティアーン、エルキュリア、エルフレア、エルクラム、エルスゴーラ……そして、ラース=フェリア。
まるで時間が止まったかのように、それらの世界から“色”が消えていく。

かつて侵攻してきた冥魔王、そのいずれよりも格段なる進化を遂げた“冥破王”とその軍団の前に、
度重なる戦乱の傷跡癒えぬこれらの世界が、もとより太刀打ちできる道理などなかったのだ。

……この日。かつて“主八界”と呼ばれた世界は、完全に静止した。


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