【第39夜】
深淵の果て
〜スクールメイズ・完結篇〜
<PROLOGUE>
未来の守護者と
パートナーである“最終天使”ソルティレージュの夢の啓示を受けて、
行動を開始した“遠き未来の守護者”神条 皇子。
あれから地道な調査を重ねた末、
2人は以前活動していた地・秋葉原へと足を踏み入れていた。
――そう。皇子1人だけでなく、ソルトの仮の姿・東雲 摩耶を伴って。
事の発端であると同時に、普通の人間としては生活能力がいまいち怪しい彼女を、
「希望の園」にひとり置いて行く訳にはいかなかっただけである。
皇子が足を踏み入れたのは、メイド喫茶「天使の夢」。
普段の皇子からすれば柄でもない場所ではあったが、今回ばかりは理由があった。
それは……ここに、破滅を食い止める事の出来るであろう存在、
その手掛かりを知る人物がいると知ったからである。
「いらっしゃいませ、“天使の夢”へようこそ。
お席はお好きなところにどうぞ。……紅茶とコーヒー、どちらがいい?」
歳若い男性店員が、2人に応対する。
「ああ、その事なんだが……“
何か、知っている事はないかな」
そんな男性店員に対して、皇子は単刀直入に話を切り出した。
こういう場合、回りくどい事をしない方がよりよい結果を導き出せるという事を、
彼は今までの経験から、よく知り抜いている。
「……“
男性店員は、しばらく考えを巡らす風にして……その雰囲気を、さりげなく変えた。
「……ああ。俺がその“
そう。その人物……“ブルー・アース”流鏑馬 勇士郎は、
今日もこの店で、店員として普通に働いていたのであった。
余談ながら、実はこの2人。
共に第20夜に登場してはいるのだが、互いの面識はなかったりするのだった。
◆ ◆ ◆
「つまり……世界に“七色の破滅”とか“黒と白”といった状況が迫っている……と」
「ああ。そして、少なくともこれまでにない事態と関係がありそうなんだ」
窓際で「にゃふにゃふ〜ぅ♪」と珍妙な鳴き声を上げつつ光と戯れる摩耶を見やりながら、
皇子と勇士郎はそれぞれコーヒーを手に、目前の懸案について話し合っている。
もとよりほとんど客の来ない、ほぼ店主の道楽で開いているような店である。
となれば部外者、特に厄介な侵魔などにも盗み聞きされるような心配はなく、
2人はここに至るまで、互いが知り得た様々な情報をやり取りしていた。
「……こういう時には、いい手がある」
「どういう手かな?」訝る皇子を前に勇士郎は後ろを向き、そして呼ばわった。
「……出番だよ。姉さん」
「……話は全部聞かせてもらったわ、勇ちゃん。それに神条 皇子くん」
「……あなたは?」「このお店のオーナーよ」
この店のオーナーにして凄腕の夢使い、流鏑馬 真魅の登場である。
「で、今の話なんだけどね……彼の言う状況を打開できるのは、ズバリ“最終勇者”だけよ」
「“最終勇者”、だって?……よりにもよってか。まずいな」
姉の言葉に、勇士郎の表情が少し苦々しいものに変わる。
さながら、触れてはならないものに触れるかのように。
そして皇子には、それが理解に苦しむ事と映った。
「何がどうまずいんだ。教えてくれないか?」
「ああ。まず結論から言うが……
事は既に“
「なんだって、それは本当か!?」
思わず大きくなった声は、摩耶にも聞こえる程だった。
「みこにゃふ?」「ああ、済まない摩耶……続けてくれ」
この期に及んでまったく役に立たないパートナーを鎮めて後、皇子は勇士郎に促す。
「ああ。姉さんの言う“最終勇者”とは、その名の通り、
この世界が本当の意味で崩壊する時に現れるという、勇者の中でも最上位にして最後の勇者。
――君も知っているとは思うけど、かつて一度だけ現世に出現した事がある」
「――【関東異界大戦】か」「その通り」
そのあたりの話は、皇子もまったく知らない訳ではない。
この「天使の夢」に来るまでの間の予備調査で、何度も目にした情報だからである。
「じゃあ、その“最終勇者”に、頼めばいいんじゃないか?」
「……それがね。話は、そう単純には済まないんだ」
「まず“最終勇者”が誰であるかは、ロンギヌスでも最高機密扱い……いや、実を言えば誰も知らないんだ」
「先頃のアスモデート襲来の折、アンゼロット城のアーカイブが損傷したとかでね」
「……なるほど」皇子は苦笑する。実は予備調査の段階でそのアンゼロット城にも足を運び、
当該情報が破壊されいまだ復旧できていないという事実を、とうに確認済みなのであった。
「……それと、もうひとつ。勇者にはそれぞれの領分、対応する“世界の危機”というのがあってね。
それが到来した時、初めてその本領を発揮する事が出来るんだ。
逆に言えば、かかる事態が訪れるまでは、決してそうはならない。
――なぜなら、世界結界がそのように定めているからね」
「――ソルトと同じ、という事か」皇子は、窓際でなお戯れ続ける摩耶に目をやる。
勇士郎が言っているのは、あくまで勇者としての原則論に過ぎなかったが、
摩耶ことソルトもまた、その力が本当に必要な時が来ない限りは、
決してその本領を発揮する事は出来ないという意味では、同じようなものである。
だから、皇子には勇士郎の話が理解できた。できてしまった。
「“
かといって“最終勇者”に頼るには早過ぎる……そういう事だね?」
「……ああ。だから、俺としても打てるだけの手は打っておきたい。頼めるかな、姉さん」
「はいはい。そのヒントも、とっくに割り出し済みよ……」
流鏑馬 真魅。相変わらず話の早い人物である。
「ラビリンスシティにいる“人間の因子を持つ魔王”が、すべての事態の鍵を握るもうひとつのファクターだわ」
「……“人間の魔王”……か。ありがとう、姉さん」
勇士郎は席を立ち、そして。
「……さて、神条君。そろそろ行こうか」「行くって……どこへ?」
「ラビリンスシティさ。俺も君達に同行する……“打てるだけの手は打っておきたい”からね」
当惑する皇子に、当然のように返す勇士郎。
「え!?ちょっと勇ちゃん、お店はどうするのよ!」
「悪い、姉さん。真行寺君に頼んで欲しい……今は、こっちが優先だから」「……仕方ないわねぇ」
苦笑しながらもそれ以上止めないのは、彼女が“知っている”から。
この客人……皇子と摩耶にとって、ここから先
“
「ありがとう。これからよろしく、流鏑馬君」「ああ」
コーヒーと、摩耶に与えたケーキの分の勘定を真魅に支払い、勇士郎に礼を言うと、
皇子は摩耶の手を取った。
「それじゃあ行こうか、摩耶」「うんっ!」
3人が人界を離れたのは、その直後の事である……。
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