【第40夜】
茫洋〜さらば故郷〜

<EPILOGUE>



役者は揃う



パートナーである“最終天使”ソルティレージュこと東雲 摩耶による
謎めいた夢の啓示を受けて、行動を開始した“遠き未来の守護者”神条 皇子と、
彼に力を貸す事にした“ブルー・アース”流鏑馬 勇士郎
彼らは、“魔王の街”ラビリンスシティで“人間の魔王”ナイトロードに出会うが、
そこで更なる困惑を呼ぶ情報に直面する。

「“人間の魔王”とは、オレ1人だけじゃないらしい」

混濁する状況を少しでも明確なものとするため、敢えてナイトロードの誘いに乗り、
シティの主にして“金色の魔王”ルー=サイファーとの会見を決断する皇子。

しかし……果たして、その雲行きやいかに。

◆ ◆ ◆

「話す事など何もない。帰れ」
一度は会見に応じ、謁見の間に姿を現した“金色の魔王”ではあったが、
“ナイトロード以外に存在する人間の魔王”の話になるや、たちどころに態度を翻した。

「何故だ」「説明する必要を感じぬからだ」
「……なるほど。このオレ以外に“人間の魔王”が存在するという事は、
キサマにとって許容し難い、何らかの事実を意味している――そういう事か」

「邪推をするのは勝手だ。事実かどうかはさておきな……解ったら去れ。我は忙しい」

「……“金色の魔王”よ。ならばこそ聞いて欲しい」「……何だ」
「僕達は、近いうちこの世界に起こる未曾有の危機を突き止め、それを未然に防ぐために行動している」
「それがどうした。我には関係なき事よ。いや、世界結界が消滅するのであれば、まさに我等が思う壷ではないか」
「そうでもないさ。【関東異界大戦】で、お前があの『ザ・マリキュレイター』に
文字通り一蹴された事……記憶にないとは言わせない」

ルー=サイファーの表情が、勇士郎の言葉を前に大きく変わる。
彼女は嘗て、かの【関東異界大戦】の混乱に乗じて人界を制圧せんと進出したものの、
無差別に破壊と終焉を撒き散らすかの超神冥魔の前に、成す術もなく敗れていたのだった。
それはルー自身の遺産「黒のアイン=ソフ=オウル」をまだ携えておらず、
裏界皇帝シャイマールの転生者として完全ではなかった頃の出来事だったとはいえ、
仮にも最強級の裏界魔王が、その当時においては無銘であったナニモノカによって、
一撃の下に戦闘不能とされたのだ……屈辱に感じぬ筈もなかった。

「『ザ・マリキュレイター』……だと。有り得んな、ヤツは消滅したはずだ」
確かに、彼女はそう報告を受けている。そして、勇士郎もそれを否定しない。
「ああ、確かにその通り……」「……でも、それは本質的な“それ”の消滅を意味しない」

「……何が言いたい」
「今度の状況は、少なくともその『ザ・マリキュレイター』と同じ要因、根源から発したものだ。
そしてこれが、あの当時に俺達人類とお前たち侵魔が直面した事態を、容易く越え得るものだ……としたら」

「――“ヤツと同じ原因”と言ったな。まさかとは思うが」「流石に察しがいいな。“金色の魔王”」
実のところ、3人のウィザードとおまけの1人は、件の『ザ・マリキュレイター』を直接知っている訳ではない。
しかし、その真実に限りなく近い情報は勇士郎を経て。そして現状はナイトロードを経て。
それぞれ共有に至っていたからこそ、言及する事が出来たのである。

そして、その相関関係について、ルー=サイファーの知る所である事は、もはや言うまでもないところである。
だからこそ彼女は、彼等に問い掛ける。

「キサマら。まさかあの【MASTERS】そして【杉崎 そら】と、一戦交えるつもりか?」

「もし彼女が【絶対的な世界の危機】そのものだと結論付ける事が出来れば、
必然としてそうなると思う……勝てるかどうかは別としてね」

にゃふにゃふと鳴くのみで依然として役に立つ気配のないパートナーの頭を撫でつつ、
皇子はその深い決意を込めて“金色の魔王”に返す。
嘗て、彼自身が“滅びを齎す魔神”として追われていた時の事を、思い返しながら。
そしてその言葉を、勇士郎が継ぐ。

「でも、本当にそうなるのかどうか……それはね、“金色の魔王”。
お前が今、隠しているであろう情報次第なのかも知れないんだよ」

「それが“オレ以外の人間の魔王”……この会見で、それは確実に“存在する”との確証をオレは得た」
「……確証、だと?」「ああ、その通り」

不敵にも薄く笑いながら、ナイトロードは続けた。

「――なぜなら、キサマは先程から“そんなものは存在しない”とは、一言も言っていないからだ。
もし存在しないのならば、最初からそのように言う筈だからな。
つまり、そいつは確実に“存在する”……どうだ、ルー=サイファー」

「………フン。そうきたか」

「僕達は“知る”ために、ここまでやって来た。
この世界の“表”そして“裏”にも終焉を齎すであろう存在の出現を防ぐ、
その手立てを……そのためならば、どんな手でも使う。だから、こうして今お前と相対している」

「……よかろう。キサマらの勝ちだ――教えてやる」
畳み掛けた皇子に、ややあって“金色の魔王”は苦笑を込めて答える。

「『フラメル=ハウス』という店に、ムツミ=アマミという者がいる。あれが“人間の魔王”だ。
……尤も、キサマらの役に立つかどうかは、何とも言えんがな」

◆ ◆ ◆

「……えっ?ワタシが“人間の魔王”?」
皇子たちの問い掛けに開口一番、そう言うや“勇者魔王”ムツミ=アマミは大笑いした。

「あっはっは、ご冗談を!ワタシは見ての通り、ただの魔王〜……っていうと、変な話になるけどさ!」
「……隠しているとか、そういう事はないのか」

ここは「フラメル=ハウス」。シティの外れにある薬剤店。
ムツミは暫く前からこの店を守護しがてら手伝いをしており、その店先で皇子たちとばったり遭遇したのである。
更に言えば、ムツミとナイトロードは臥龍迷宮で面識がある。見間違うはずもなかった。

「ないないないない!確かにワタシ、人間に興味があるっちゃあるけどさ。
ワタシはこれでも、れっきとした魔王だよ?っていうか、キミと一緒にしないで欲しいんだけど」

仮にも魔王のナイトロード相手に、これまた率直に、手振りまで含めて返すムツミ。
その様子は、少なくとも嘘をついているようには見えない。

「どういう事だ……」「なるほど、記憶喪失……ルーが言ってたのは、こういう事か」
困惑するナイトロードに、推論する皇子。
「まあ、そういう事じゃないかと薄々思ってはいたけど」
落ち着き払った勇士郎、ひとり0−Phoneに手をかける。
「どこに連絡するんだ?」「ああ。こういう時、一番頼りになる“仲間”さ」


『まったく。お店をほっぽり出すのみならず、実の家族もこき使うだなんて。
お姉ちゃんは悲しいわぁ……まったく、いつからこんな弟になったんだか』

「そう言わないで欲しいな。姉さんの言ってた“人間の魔王”について、確証を得られたんだから」
勇士郎が連絡をとったのは、言うまでもなく人界は秋葉原の姉・真魅である。
弟の“ひどうなおこない”を嘆きはしても委細は承知という事なのか、その声は端々で笑っていた。

『それで。確証って、どういう話かしら?』
「ああ。僕達は“人間の魔王”はひとりだと思ってたが、実際はそうじゃなかったんだ」

ムツミと睨み合うナイトロード、ふらふらとどこかへ行こうとする摩耶を制止する皇子を見やりつつ、
勇士郎はこれまでの事の次第を、逐一姉に報告した。

『なるほど、記憶喪失の裏界魔王……か。
それなら、意識界へ入れる夢使いウィザードが必要になりそうね。それも、非常に腕の立つ』

真魅はそう結論付けたが、しかしその人物とは真魅の事ではない。
彼女も確かに凄腕の夢使いではあるが、意識界へ入れる能力は持ち合わせていないからである。
そういう場合、果たして誰に助けを請うべきか。2人の見解は、完全に一致していた。

「……すると、やはり?」
『ええ。ダメで元々、連絡はとってみるわ……ただし』「ただし……?」
『予め言っておくけど、今回の雇い賃は、勇ちゃんの給料から全額天引きしておくからね』

「……やっぱり。まったく、姉さんにはかなわないな」

そしてもちろん、勇士郎にもこの流れは解り切った事。

真魅が連絡を取ったウィザードが「フラメル=ハウス」に現れたのは、それから間もなくの事であった。


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