【第41夜】
シンイトウライ

〜超魔導黙示録・T〜

<PROLOGUE>



ムツミ=アマミ、その真実



パートナーである“最終天使”ソルティレージュこと東雲 摩耶による
謎めいた夢の啓示を受けて、行動を開始した“遠き未来の守護者”神条 皇子と、
彼に力を貸す事にした“ブルー・アース”流鏑馬 勇士郎

彼らは、“魔王の街”ラビリンスシティで“人間の魔王”ナイトロードに出会い、
彼以外に存在した“人間の魔王”……

ムツミ=アマミとも邂逅する。
その失われた記憶の中に真実が隠されているであろうと見た一行は、
ある夢使いを招聘するのだった……

◆ ◆ ◆

「どりぃ〜〜〜〜〜〜〜む。久し振りだな、流鏑馬 勇士郎」
「すまない、ナイトメア。あんたを呼び出すような事になって」
そう。勇士郎の案で呼び出されたのは、今更説明するに及ばないほど著名なベテラン夢使いであった。

「構わん。……それで、用件とは」
「単刀直入に言おう。彼女……ムツミ=アマミに《夢歩き》を試して欲しいんだ」

「……なるほど。失われた記憶を、意識界から読み取ろうという訳か。それも、裏界魔王の」
真魅から予めざっくりと事情を聞いていたナイトメア、そこは抜かりがない。

「……ダメならいいんだ。彼にしても、無理を言っているのは承知の上だろうからね」
「それも構わん。寧ろ“そういうリスク”を鑑みたからこそ、俺が呼ばれたのだろうからな」

「……え、何ちょっと待って、話が読めないんだけど?」
「……お前は黙って、寝ろ」ムツミを無理矢理転がしたのは、ナイトロードである。

「……ちょっと!酷いぞお前、この扱いは――」
「心配するな、直ぐに終わる。――それでは、ナイトメアの夢語りを始めよう」
抗議するムツミの眼の前で、ナイトメアがぐるぐると手を回すと……
彼女は、あっさりと眠りに落ちた。

「……通じるんだ。やっぱり“人間の魔王”なんだな」
そう。仮にも裏界魔王の意識の中に侵入する事など、熟練の夢使いでも至難の業である。
「(やはりムツミには、人間に近しい何かがあるのかもしれない)」と、皇子は思うのだった。

◆ ◆ ◆

何はともあれ“勇者魔王”の意識界に没入した、ナイトメアとウィザード達。
七色の泡が中空のあちこちに漂う中を、只管に飛び続ける。
……それらの泡には、いずれも異なる何事かが映し出されていた。
ナイトメアはそれらに全く目もくれずただ進み続けているが、
他の者達はそうもいかない。

「……妙だな」ひとつの疑問を覚えた勇士郎が、呟いた。

「これは、“魔王ムツミ=アマミ”の記憶……でいいんだよね」
「そうだ。今は触る必要もない、俺達の“目的地”はもっと先だからな」

ナイトメアはそれを知っていたからこそ、ずっと“記憶”の群を無視し続けていたのだ。

「……だそうだ。摩耶、触らないで」「……にゃふ」
今まさに、泡のひとつに手を触れようとしていた摩耶を制止する皇子。

その隣で、勇士郎は彼自身が感じた疑問を口にしていた。
「でも、こうして見ていると……なんか、妙なんだ」「何がだ」

「……彼女には“人間と争った”記憶がない」
それは、過去において人界に攻め入り続けた裏界魔王数ある中でも、あまりに異常な事実である。
「ああ。そういえば先日まで、彼女はラビリンスシティから一歩も外に出なかったという話だったね」
「それを差し引いてもさ、皇子。彼女の場合、“彼女の側から人間と事を構えていない”んだ」

「“人間の魔王”だった事を忘れてはいても、無意識に人間と争う事を避けていたんだろうな」
「………先に進むぞ」なにやら思う所があるのか、ナイトロードが苛立ち気味に一行を促す。
ナイトメアが無言で同意したのも受けて、さすがの勇士郎たちもそれ以上の事を口にする事はなかった。

◆ ◆ ◆

あれから、どれだけの時間が過ぎ去ったのだろうか。
進み続けた先に一行が見たものは、中空に忽然と浮かぶ古びた鉄扉であった。

「……鉄扉?なんだか随分古そうだな」「見たところ、鍵が掛かっているようだけど……」
疑問に感じられたのも無理はなく、それは明らかに単なる施錠ではない。
扉そのものに鎖が十重二十重に巻かれ、その1本1本がひどく錆び付いていたのだ。

「それが“記憶の封印”だ。この状態から見るに、間違いなく我々が探していたものだろう」
「するとこの先に、“こいつの真実”とやらが隠されている訳か」
「しかし、これをどうする……」と、一行が考えあぐねる暇もあらばこそ。

「にゃふ」摩耶が手を触れるや、鎖がすべて弾け飛び、扉は勢い良く開かれる!
「莫迦が!そんな奴を態々連れて来るから……」「踏ん張れ、吹き飛ばされるな!」
かくて荒れ狂う渦の中に、ウィザード達の姿はあっけなく飲み込まれ……そして。

その果てで彼らが見たのは、3つの記憶。
灰色の影、黒色の影、そして白色の影。それらの全てに共通していたのは……

すべてを呑み込む、灰色の影。
すべてを砕き去る、黒色の影。
すべてを塗り潰す、白色の影。

それには等しく例外などない。人も、侵魔も、冥魔であってすらも。

「これを、見て欲しかった」「摩耶……いや、ソルトか」

そう。この時東雲 摩耶は、彼女本来の姿……
【最終天使】ソルティレージュへと変貌していたのだった。

その間にも、白い影は黒い影と。
黒い影は、ただひとり残った“人の勇者”と。
灰色の影は、シャイマール率いる裏界魔王たちと。
それぞれ戦い、その結果すべてが消え去った……

やり方こそ違えど、いずれも最後には、世界そのものを終わらせていたのだ。

そして何よりも重要な事に、それらすべての影はひとつの共通する姿を呈していた。
見ているウィザード達の誰もが知る、いまや改めて語るまでもない者の姿を。

「これらは全部、わたしが見た“記憶”……世界から忘れ去られた“過去”であり、そして“未来”」
「ムツミ=アマミの記憶に隠されていたのは、これだったのか……」
「この世界に、こんな事があったなんて……【ブルー=アース】の僕ですら、知らなかった事だ」

そして。何時、何処とも知れぬ場所。
僅かな紅色の光の下、薄闇の中に、かの“金色の魔王”が佇んでいた。


「――あれから、世界は4度も“繰り返された”」
その眼前に横たわっているのは、他の誰でもなくムツミ=アマミのようである。

「“白の超神”と“黒の超神”、【ザ・マリキュレイター】……
……そして。お前も嘗てその目で見、我等と共に戦った“灰色の超神”」

「【ザ・マリキュレイター】を斃した勇者は、幻夢神によって超神への抑止力、【最終勇者】とされた。
確かに、アレが来れば全ては済む事なのだろうが――それでは、あまりに遅過ぎる」

「もとよりこの世界は、表裏あってこそ。
それが共に滅び終わってから救われたところで、最早意味などないのだから」

天を仰いでいた魔王は、眠るムツミに視線を落とす。
魔王の手には、妖しく七色に光るものがあった。

「ゆえに……あの戦いで“灰色の超神”その残滓を摘み食いした
かの不埒者・マンモンより切り取り封じし“良心”を、今や抜け殻たる“お前”に授けよう。
このルー=サイファー……いや“裏界皇帝シャイマール”の名において、
いずれ来る破滅の刻を防ぐ、その旗手として」

その七色の輝きが、ムツミの胸に押し込まれる。

「かつてありし世界の、人間の勇者“天海 睦美”だった者よ。
今からお前は、我が裏界の救世主……“勇者魔王”だ」

◆ ◆ ◆

「……ムツミ=アマミの正体は、遠く失われた過去世界のウィザードだった、という訳か」
「そう。【最終勇者】は、世界の終わりの救世主……それが目覚めるという事は、世界が終わった事の証だから」
「その事態を防ぐために、ルー=サイファーも用意していたんだな。“人間”の因子を持つ勇者を」
「ああ。そして結果的に、ナイトロードと同じ“人間の魔王”になっただけだったんだ」

「……いや、待て」「どうしたんだ、ナイトロード」
「そいつはさっき“未来”と言っていたが……つまり近い将来、“これら”と同じ事が起こるという事なのか」
「……残念だけど。今のままなら、“黒”か“白”……
……最悪の場合は“灰色”が、再び現れる。あの【そら】を起点として」

「……そして世界は“また終わり、一巡する”……止める方法はないのだろうか」
「――ないでもない」ずっと沈黙していたナイトメアが、口を開く。

「不明な点はまだまだあるが、今はっきりしているのは……要するに“【そら】をマンモンに遭わせてはならない”という事だ」
「マンモンは“灰色の超神”の残滓を取り込んだ、ルーは確かにそう言っていたな。そうなると」
「どちらが勝ったにしても、世界の終わりの“超神”そのものは、発現する」
「……止めなければ。【ブルー・アース】の名において」

「となると、一刻も早く彼らと繋ぎを取らなければならないな。【MASTERS】を」
「場合によっては、連中と戦う事になるのだろうが……そうなった場合、勝ち目はあるのか?」
「わからない。いや、おそらくは“そんなものはない”と言ってもいいだろう。
……でも。だからといって、この状況を放ってはおけない」

拳を握った皇子の言葉に、ナイトロードも、勇士郎も、そしてソルティレージュも頷いた。

「これで、次の行動は決まったな」
「……ならば、先に行くが良い」「ナイトメア……?」

「俺はもう少し、ここで調べ事をしていく。まだ足りてないピースがあるように感じるのでな」
「わかった。ムツミの事は、頼む」

ナイトメアに後を任せ、【MASTERS】との接触を図らんとする一行。
全ては世界の終焉、その起点となる「【そら】とマンモンの邂逅」を食い止めるために。
だが……果たして、彼らは間に合うのだろうか?


NEXT CHAPTER

インデックスに戻る