【第42夜】
たとえ天に抗うとも
〜超魔導黙示録・U〜
<INTERLUDE>
初とムツミと“最終勇者”
〜可能性の魔法少女、その覚醒〜
神条 皇子と
いまだ眠りから覚めぬ“勇者魔王”ムツミ=アマミの精神世界へとダイヴした初。
彼らが到達したのは、その奥底で封じられていた、魔王ムツミの“真実”が封じられた鉄扉。
……そしてそこには、高名な夢使い“ナイトメア”の姿があった。
「どりぃ〜む。待っていたぞ、“未来の守護者”と“最終天使”」
「よしてください、ドリームマン。僕はまだ“その域”に達してなんかいない」
謙遜する皇子だが、彼は本来ならば遠い未来に“世界の守護者”となって
“第8世界ファー・ジ・アースの行く末”を、見送る運命の存在である。
いっぽう摩耶はその本来の姿、“最終天使”ソルティレージュに戻っていた。
「そう。これで“みんな揃った”よ、ドリームマン」
だからこそ、彼女の返事は明快なものである。
「良かろう。これで、俺が調べ確かめた一連の事象について、ようやく話す事が出来る」
「う、うなー……じゃあこれで、わたしのお仕事はオシマイ、ですねっ」
そそくさと場を立ち去ろうとする初を、ナイトメアが引き止める。
「いや、俺は寧ろキミの事を待っていたのだがね」
「う、うな?わたし……ですか?」
「そうだ。これから話す事を、心して聞いてほしい。“可能性の魔法少女”臼本 初くん」
「あのそれはー……あの“のうみそおぴんく団”が勝手にそう呼んでただけでしてー……」
以前の旧・憂世騎士団による一連の事件を思い出して赤面する初だが、ナイトメアの顔は笑ってなどいない。
他の2人すらも、彼の次なる言葉を無言のままに待っている。
だから、初もいちおう困惑するのはそこまでにした。
「知っての通り、キミがいる此処は“勇者魔王”ムツミ=アマミの精神世界だ……
……夢使いとしてのキミは、どう見る」
「うなー……そういえばそうなんですよねー。にしては、全然そうは感じられないって言いますかー……」
初は、感想を素直に述べる。
もとより魔王の精神世界相手という事で、内心少し構えはしていた彼女だったが、
行き道の途中で何らかの問題が起きた訳でもなく、
寧ろ拍子抜けするくらいにあっさりと、ここまで到達できたくらいであった。
「……何と言いますか、“普通かなぁ”って思いましたのです。うな」
その言葉を前に、得心したかのごとく頷くナイトメア。
「無理もない。何故ならキミにとってここは“かつて在った処”なのだから」
「……え」「どういう、こと?」
皇子とソルトにとっても、流石にこの話は初耳だ。
一同を前に、ナイトメアは宣告するかのように“真相”を語る。
「ムツミ=アマミ……正確にはその元となった人間“天見 睦美”の転生体。それが、キミの本質だ」
「う、な……」その時初のドリームスーツが、するりと全部脱げ落ちた。
元々魔王トリッシュに与えられたそれは、彼女にしては非常に扇情的なデザインをしていたのだが、
あまりの主の驚きに、夢界で及ぼす力が不安定になったのだ。
「う、うなぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!?」
あまりの事態に狼狽する初だが、真相の傍証は既に示されていた……
例えば、今脱げ落ちたドリームスーツを贈った者こと、魔王トリッシュの試練を受けた時。
彼女自身は「根性」ひとつで乗り切ったと思っていたようだが、
本来それは“魔法人間”櫻小路 ちひろが受けたのと同じもの。
“ただの人間”が受けて、到底耐え得るものなどではありえなかった。
「皇子は見ちゃダメ。見たら《自爆》するからね」「……あ。ゴメン」
「混乱するのは分かるが、すぐに直し給え。俺の話はまだ終わっていない」
「す、すみませんのですぅぅ!? ドリームマンさんの前で、赤っ恥なのです……」
驚く皇子から初を守るように立つソルト、静かに目を伏せるナイトメア。
三者三様の反応を前に、べそをかきつつそそくさと着衣を整える初だった。
その間に、ナイトメアは言葉を続ける。
「――その“癖”についても、自分自身で変だと思った事はなかったか?」
「う、うな……変身する時とかうっかりした時とかに“全部脱げちゃう”コト、ですよね……確かに……」
「それはキミ自身の本質が、世界結界以前の存在であった事と深く関係している。
そういう存在は元々世界結界にとっては“異物”に他ならないが、
ウィザードとなっている限りは、世界結界の側から排除する事も出来ないだろう?」
「う、うな。確かに……」初はそのあたりを、臥龍学園で学んだ事があった。
彼女が臥龍生でなかったら、このようにすぐには理解できなかった事かもしれない。
「……だから、世界結界は“異物であるところの転生元を伏せる”という処理を行った。
これでは、千変万化にして無限でありながら定まった姿を得られないとしても、何ら不思議ではない」
魔法少女としての初の姿は、毎回毎回その場の
つまり、裏を返せば「定まった姿がない」ので、変身時には自動的に全裸となってしまうのだった。
「わたしの転生元がわからなかったのって、そういう事だったんですね……」
「そうだ。もっとも、こうしたケースは“よくある事”。
そんな状態で、世界の因果律を越えた転生を重ねたと仮定するならば、尚更だ」
「“よくあること”なんだ……」「僕に聞かないでくれよ」
転生者事情には詳しくない2人。ソルトに至っては何か間違ってる節すらあったが、
無論これは彼らよりも、外に護衛として残っている流鏑馬 勇士郎あたりの領分であろうか。
「でも確かに、自分の存在を自分の意志だけで確立するしかないって、大変だよな……」
とはいえ、そこはかつて“世界を滅ぼす魔神”として危険視されていた事のある皇子の事。
詳細が解らないなりに、大筋で初に理解を示す事は出来る。
「そうね……それを、あのコはずっとひとりでやっていたっていう事」
そして、そんな皇子を傍で長年見守ってきたソルトもまた然り。
「あ、ひとりじゃないですよ! MASTERSの皆さんが、学園のみんなが。
……そして、累くんがいてくれるから」
今や元通りに“ドリームスーツ”を着直して訂正する初を前に、顔を綻ばせるソルト。
支えてくれる者がかくも多いからこそ、この小さな魔法少女は、一途にその道を進めるのだろう。
「更に言うなら、キミの願望……さしずめ“自分を認めて欲しい”といったところか。
魔法少女としての無限の姿を纏う前の、素のキミ自身をな」
「……実は、そうです」
言うまでもなく夢使いとして、初はナイトメアの足元にも及ばない。
見栄や虚勢を張ったところで、意味はないのだ。それが分かっているから、
「まっさらな、何も飾らない“わたし”のことを、みんなに認めて欲しいんです」
初は恥じ入りながらも、あえて隠し立てはしない。
――しかし、ナイトメアの答えは更に厳しさを含むものだった。
「だがそれにも、キミではなく“世界結界に伏せられた天見 睦美”の意志が含まれているのかも知れん」
「うな……“これはわたし自身の意志じゃない”って事です?」
「今の段階では、何とも言えん。しかし、確かめる方法はある」
ナイトメアは、それまで一貫して背後に聳え立っていた扉を示す。
「この扉の向こうには、嘗てのキミこと天見 睦美が得た……“この世界”以前の記憶が伏せられている。
それを見て、キミがキミのままでいられたならば、それは間違いなく“キミ自身の意志”だ」
「“わたし自身”の、意志……」
「もちろん、強制する気はない。キミが“臼本 初”のままであれ、
あるいはたとえ“天見 睦美”になろうとも、我々がしなければならない事に変わりはないのだから」
「それをずっと探っていたのか、ドリームマンは」
「そうだ。“人間の魔王”ムツミ=アマミ……だがその“人間”の部分を、俺達はあまりにも知らなさ過ぎた」
魔王としての「ムツミ=アマミ」は、ルー=サイファーの手によりマンモンから切り離された“良心”である。
だがその一方で、人間としての「天見 睦美」については、
“かつての世界にいた勇者”である事以外、一切が不明のまま。
それが、熟練の夢使いたるナイトメアをして、更なる調査に走らせた理由であった。
「何故、ムツミ=アマミは裏界魔王でありながら人類に与し、人界との争いを只管避けてきたのか。
何故、マンモンが消滅した今、その対抗勇者であるはずの彼女も消滅していないのか。
……答えはすべて、この“人間”たる部分にあったのだ」
そしてもし、睦美の記憶に“終焉の魔神”達との因縁が、なお残っているとしたら。
それは確かに、世界結界をして隠蔽せざるを得ない事情となる。
その事を確認するため、彼は危険を承知で、初をムツミの精神世界に招いたのだった。
「……やってみます」「……初ちゃん?」
ずっと考えていた初が、ついに決断を下す。
「良いのか。見たら最後、キミがキミ自身ではなくなってしまう危険性もあるぞ?」
「うな。これが“誰”の意志なのか、わたしなのか睦美さんなのか、それともその両方なのか……」
「……そんな事は割とどうでも良くって、ホントはただ確かめたいだけです。
……“世界の始まり”で何があって、これから世界を助けるために何をしなきゃならないのか」
「……そうか。ならば行け。俺とこの2人が、その見届け人となろう」
「えっ」「まさか……最初から、それが目的だった?」
「そうだ。嘗ての事の当事者が、自分の目で直接、時の彼方に失われた真実を見極める……
……それが、未来を救う鍵になるはずだ」
「うな!それじゃあ早速、行きますのです」
自らの原初たる存在、その封じられた記憶の扉に手を掛けた初は。
「でも、わたしは絶対戻ってきます」
ここから数瞬の時をおいて、小さな“可能性の魔法少女”は言葉を続ける。
「……だって、わたしには“帰れる場所”があるから」
飛び込むようにして扉の向こうへと姿を消した彼女を、皇子とソルトと共に見送って。
熟練の夢使いは、自ら知り得た真実の下にそっと呟いた。
「永劫の時を経て、本質からおおよそかけ離れてもなお、やはりキミは“勇敢なる者”なのだな」
◆ ◆ ◆
初が飛び込んだのは、激しい戦いのさなか。
世界は既に破滅の劫火に包まれ、善も悪も等しく滅したと思われる“そこ”で、
少女はいくつかの人影を見た。
ひとつは灰一色の人影。以前の戦いの記憶から、
今の初ならばその存在を、
そして、もうひとつは……現在の魔王ムツミと同じ姿をした少女。
その光景は、かつて【ザ・マリキュレイター】に立ち向かった“最終勇者”杉崎 沙弥の姿と、
著しくも通じるものを初に感じさせる。
言うまでもなくそれは、かつて他でもない沙弥本人と交流した折に、
初が知り得た“記憶”である。
……そう、彼女こそ【天見 睦美】。
かつて【天意虚空】が最初にこの世界を滅ぼした際、
その絶対的なる暴威に立ち向かった勇者……“人類最後の希望”である。
彼女は今、戦場で救わんとした2人の幼い少年を背に、かの魔神と相対していたのだ。
その2人の少年に、初は見覚えを感じたのだが、思い出す事は出来なかった。
その光景は、扉の“こちら側”にも投影されていた。
世界の因果律を越えた真実に同じく辿り着いた、ナイトメアの力によるものだ。
「……そう。言うなれば、過ぎ去りし世界の“プロトタイプ・最終勇者”。
それが、ムツミ=アマミの本来の姿……天見 睦美だ」
「なるほど。では、この時は彼女の力で世界は救われたのか……?」「いいや」
何故なら“プロトタイプ”とは、往々にして不完全なもの。
実用化され量産されたものに大きく勝るのは、アニメや漫画や創作作品の中だけの話である。
睦美の場合は“持ち合わせの勇気と、運命の導き”によるのみで、
彼我の間に横たわる圧倒的な力の差は、もとより覆しようもなかったのだ。
七色の輝きの力を自在に操る超神を前に、追い詰められてゆく勇者。
「……それでも、彼女の戦いは決して無駄にはならなかったのね」
「そうだ。かくも絶対的な力量差をものともせず、ついには物理的限界をも超えた彼女の勇気は……
辛うじて世界に残されていた者達の、最後の攻勢を導いたのだ」
睦美が少年達を守り抜き、そしてついに力尽きたその時。
すべての生命、それまで反目し合っていた勢力すらもが力を合わせた全力全開の大攻勢が、
ようやくにしてかの魔神を、虚空へと消し去ったのだった。
「――それでも、【世界の終わり】は防げなかった」
「そうだ。かの世界は、もはやこの時点でその命数を使い果たしていた……
したがって残された生命たちも、その後緩慢に死滅していったのだ」
「それを救い出したのが“幻夢神”?」
「“救い出した”というのは正確ではないな。彼は滅びたかの世界のイメージを使って、
だが、ナイトメアと……いまや、初も知っていた。
それで、完全に終わった訳ではなかった事を。
「それでも、【世界の終わり】そのものは防げなかったのか?」
「残念ながらな。俺が突き止めた限りでは、この世界はどうやら過去4回は滅びた後らしい」
「“白”と“黒”が、それね……わたしが、夢で見た」
「ザ・マリキュレイターも含めてな。そして、結果的に破滅した世界は、
目覚めた幻夢神と完成した“最終勇者”によって、最初からやり直されてきたのだ」
「その“最終勇者”が、沙弥さん……」いつしか、初が扉の前に戻ってきていた。
「全部、見てきたな」
「はいです。睦美さんが最後まで戦い守ろうと生きた世界、そしてその記憶と想い。
全部見届け、この身体に刻んできましたです。それはもう、しっかりと」
「初ちゃん、その格好……」
「……うなー。トリッシュさんから貰った服、すっかりダメになっちゃいました」
既に丸裸といっても過言ではないくらいボロボロに破壊された“ドリームスーツ”の残骸が、
扉の向こう側、破滅の世界で初が見届けた、過酷な戦いと運命とを物語っている。
それでも、彼女はたじろがず胸を張る……その瞳には、なすべき事を得た者だけが持つ輝きがあった。
そして皇子はソルトに睨まれた。まあこればっかりは仕方ない。
「わたし、頼りなく見えますよね。今、こんなカッコだし……
……でも、もうわかってます。
部長せんぱい、じゃなくて【そら】ちゃんにとって大事なのは、
自在に世界を滅ぼし造り出す“無限の力”そのものじゃない。
その力を扱う心のありかたこそが、ほんとうに大事なんだって」
「だから今、こうして胸を張ってはっきり言えます。わたしは今を生き、未来へ向かう……」
初の身体からボロが崩れ落ち、それに代わって可愛らしいフリルと、
やや多めな肌分量を持つ魔法少女衣装が纏われた。もちろん、パンチラは標準実装である。
「“可能性の魔法少女”ミラクル☆ウイット、なのですっ!!」
それは初が、睦美を含む“かつての自分”と向き合って導き出した答え。
睦美は過去の世界で全力で生き、既にその命を燃やし尽くした。
その後の“勇者魔王”としての生は、ルーの差配で付与されたものに過ぎない。
差配の因たるマンモンが滅び、そして勇者の記憶が正しく引き継がれた今、
かつての世界の勇者の使命は、完全に成し果たされたのだ。
「なるほど。ああ、ナイスでガッツな名乗りだ」
「ありがとございますのです!」
ナイトメアの反応もなかなかにズレてはいるが、
ここで素直にぺこりと頭を下げる初、まだまだ歳相応である。
「強いな。あんなに小さいのに……あの頃の僕には、真似できない」
「皇子……」「分かってる。今はもう、大丈夫さ」
「さて。“可能性の魔法少女”が心を決めてくれた所で、我等はそろそろここを後にするべきだ」
「……う、うな?」「どういう事です、ドリームマン?」
「“天見 睦美”がその使命を完全に果たした以上、ここは間もなく消滅する。
ぼやぼやしてると、間に合わなくなるぞ」
「う、うなあああああああ!?」
こうして、慌しくもムツミの意識世界を離れ、現世のラビリンスシティに戻ってくる4人。
「おや、お帰り」「お疲れ様、初ちゃん。ドリームマンさんに皇子さん、摩耶さんも」
ダイヴの間護衛を務めていた勇士郎・ナイトロード・空の3人が、それぞれに出迎える。
「それで、成果はあったのか」「ああ。それも、充分過ぎる成果だ」
ナイトロードの問いに、摩耶に戻ったソルティレージュを撫でながら皇子は答えた。
「ムツミ=アマミ……いや、かつて前世界の人間だった頃の記憶は、彼女に引き継がれた」
ナイトメアは、変身を解いて制服姿に戻った初を示す。
「もちろん全部じゃないでしょうけど、僕達が見た限りでは間違いなく“これからの世界に必要な記憶”ですよ」
「そうか、それは良かった」勇士郎は微笑みつつ、皇子から初に向き直る。
「臼本 初ちゃんだったね。改めて、“MASTERS”の側から僕たちに協力してくれると嬉しい」
「うな。これからもよろしくなのです!」
そうしている間にも、“勇者魔王”ムツミ=アマミ……
いや、そのなすべき真の使命を終えた“勇者”天見 睦美の身体が、塵に還っていく。
その心は小さな魔法少女の身に宿り、いずれ来たるであろう【破滅の刻】に備えてゆくのだ。
「……ありがとう、昔の“わたし”」
消え行くかつての自分に囁く初も。そんな彼女に希望の鍵を見た一同も。
しかしながら、この時点において世界結界に生じた決定的な異変を、いまだ知らずにいるのだった。
皇子 >で、今回僕達はあんまり関係なかったですよね……どうしてあそこに呼んだんです?
ナイトメア >関係なくなどあるものか。そもそもキミ達こそが今回の発端なのだから知る権利はある。それに、こうでもしなければ【彼女】が自由に動けなかったからな……
摩耶 >(にゃふぅ☆)
皇子 >……ああ、なるほど。やはり流石です、ナイトメア(^^;
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